(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

『斜め屋敷の犯罪』 島田荘司

 奇妙な館には何かがある

 ここ最近に読んだ今一つピンと来なかった推理探偵小説に関しても少し覚書を残しておこうと思う。

  『斜め屋敷の犯罪』島田荘司、御手洗潔シリーズの2作目である。

 いわゆる天才型の探偵が登場するトリック至上主義的な探偵小説である。筆者と読者のフェアな戦いが行われるという点ではまさに本格派と言える。本格派であるから、とりあえずのところ、内容に文学味がなかったり設定に現実性が薄いという点は目をつぶるべきである。

 つまり、この手の本格派推理小説はトリックがいかに精巧であるか、かつ、文中のヒントによっていかに推理可能であるか?という所が肝腎要となる。

 そのような視点に立ってみると、本作はいささか興醒めの感が否定できない。まずトリック至上主義の小説の場合、動機が薄弱になることがしばしばあるのだか、この小説では動機の薄弱さが目に余る*1。詳しくはここでは記さないが、一人目の被害者が殺される理由に関してはとても納得できるものではない、作者はあれが納得のいく動機と少しでも考えたのであろうか?また全体の動機に関しても今一つピンとこなかった、こちらに関しては最初の動機よりは幾分かましなものであったが。密室設定に関しても問題がある。上述した動機と同様に、密室設定を行う必然性が乏しいのである。大抵の推理小説で示されているように、犯人の安全のためにも、密室というのは意図して作成するべきではないことが多い。もし密室を作るのであれば、それなりの根拠が必要であり、この小説の場合はそこが欠けているのである。さらに究極に興醒めとなるのが、主題となるトリックである。小栗虫太郎が書くようなお話であれば、机上の空論的からくりも許されるが、文学性皆無のこの手の本格では机上の空論的トリックはやはりよろしくない。さらに館の傾きに関する筆者の感覚に何か誤解があるのでは?と思わせる記述が存在する。窓の角度と傾き感覚に関する記述であるが、トリックハウスであれば窓も同様に部屋と同じだけ、もしくはそれよりも傾いているべきなのである。もしこれがトリックに本格的に関わっていたら拙いのではないかと思いながら読んでいたが、結局のところ関係なかった。そもそも屋敷が傾いている必然性はそれほどなかったという陳腐な話であった。

 結局のところ、トリック至上主義の本格の場合、トリックの出来がすべてを左右する。そしてその点において本作は、残念ながら及第点に達しているとは言い難い。ただ、風変わりな洋館という設定自体はいつの場合にも推理探偵小説的には良いものであって、この小説が、綾辻行人氏に館シリーズのインスピレーションをもたらしたという噂もあるので、この小説が存在した意義は十分にあるのだろう。

 なお島田氏の同じ御手洗潔シリーズの1作目『占星術殺人事件』は一部無理のある部分があるものの、肝腎の主題となるトリックは非常に納得のいくもので、本作よりも相当のお薦めであり、推理探偵小説愛好家であれば必読書であろう。

改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

 

*1:例えば綾辻行人の十角館でも、とばっちりで殺害された感がなくもない被害者が存在する。完全犯罪を狙う犯人はやはり殺害動機に関しても理知的であって欲しいと私は思う。