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(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

古事記に纏わる副読本(kindle版) その2

古代神話を比較神話学的または民俗学的方法で読み解く本

 前回は古事記の物語をまず最初に簡単に掴む為にお奨めの書籍の覚書を書いたが、今回は古事記に登場する日本の古代の神々とその神話の由来について一般向けに解説された書籍に関して覚書を残しておこうと思う。

 『古事記』には200以上の神々と数多くの物語が収録されている。当たり前の話であるが、これらの神や物語が『古事記』に記された形や配列で古代から大和時代まで存在していた訳では無い。『古事記』が作成されるにあたって、巷に溢れていた神々やその神に纏わる逸話、そして、人々の語り継いで来た昔話の様な数々のお話が、『古事記』という壮大な物語の部品部品として使われたのである。実際にどのようにして様々な神話や伝承が、現在我々が知る形の『古事記』として編まれたのかを推測する為に様々な方法が存在するとは思うが、起源が同根とされる様々な世界各地の神話を比較するというのは方法論の一つとして良く用いられている。

 kindle版で簡単に手に入る書籍の内、この比較神話学的な方法や民俗学的な方法を以ってして古代の神話を読み解こうとした本に関して覚書を残して置く。ここに挙げた二冊はいずれも知的好奇心を存分に刺激する良書だと思う。どちらも初出は古いのだけれども、この時代の一般向け啓蒙書籍のレベルは高かったのだなと感心してしまう。

『日本の神々』 松前健

 古事記には多数の神々が登場する。長く続く研究に依ってそれらの神々が活躍する『古事記』が誕生するまでには、神々の位置付けや物語の組み合わせなどに様々な変遷が在った事が明らかになっている。この書籍は『古事記』神話中最も重要視されるであろう神々、イザナミ・イザナギ、スサノオ、アマテラスの原点とこれらの神々が如何にして『古事記』の中に描かれる地位に辿り着いたのかを比較神話学的手法と民俗学的手法を組み合わせて明らかにしようとするものである。

 この本は、実は最後の章である第五章が全体のダイジェスト的な物となっており、最初に第五章から読み始めると内容がすっと入って来易い。そして、この章では、ダイジェスト的な部分だけではなく、『古事記』を読む上での幾つかの重要と思われる前提条件と考察が記されている。

 まず、『古事記』を神話とするかどうかについては実は議論の余地がある。政治的な人工性の含まれる『古事記』は「作られた神話」であって、「真正の神話」とはやや異なるという点に関しては、ほぼ全ての研究者の一致する処の様だ。ただ著者は作られたモノだとは言え、作り手に「神話的思惟」つまり神話を真正に信ずる思考様式があったのではないかとして、広義の神話として捉えて良いとしている。これらの議論はそれ程無理のあるものではないと思うし、実際、原初の自然発生的な神話と異なるにしても『古事記』が神話的側面を強く備えていた事は間違いないだろう。

 そして著者は、比較神話学的な手法で神々の原点を探る手法と歴史民俗学的に神々の物語が如何に発展収束し中央に取り入れられていったのかを調べる手法との両手法を持ちいる意義を述べている。後者の部分が本書を特別面白くしている部分だろう。前者の比較神話学的手法は例が実際に多く雑学的にも小噺的にも面白いので多数行われているが、実際問題、松前氏が述べるように、それは構造や構成要素、そして神話の源流を探るだけに留まってしまう事が多く、何故、ある神が『古事記』や『日本書紀』に描かれている地位=神格に辿り着いたのか、何故、ある神がある物語の中心に選ばれたのか、を明らかにする事は中々難しい。その点を補うのが、著者の述べる後者の手法、歴史的再構成であって、大和時代の神々の信仰の拡がりや、神々と有力豪族との繋がりを調べる事から『古事記』に於ける神々の位置付けの原点を探っている。

 この2つの手法で神々を研究したものが第一章から第四章までになる。

 イザナミ・イザナギに関しては現代となっては特別新規な説は記されていないが、淡路の土着の海洋神的な存在からアマテラスの親神へと発展していったという事実は再確認として覚え書きしておく。中央で重要視される過程として、著者は淡路の豪族・安曇氏の影響を指摘している。

 スサノオに関しては、中々面白い考察が述べられている。スサノオは元々は紀伊を原点とする海洋神であるとする説である。実際、紀伊半島にはスサノオに関連する神社が多数ある様だし、スサノオは当初はイザナミから海の支配を言い渡されていた。オホクニヌシが根の国に逃げ込む際に紀伊の木の根から逃げ込んだというやや唐突な挿話もこの説で説明が付く。

 アマテラスの考察は二章を充てて精緻に行われている。端的に言ってしまえば、これも現代ではほぼ異論の無い処の様であるけれども、伊勢の土着の太陽神であったアマテラス*1が宮廷と伊勢神宮の結び付きの強化に伴い、皇祖神の地位にまで上り詰めたという事のようだ。著者はこの過程を丁寧に丁寧に検証して提示している。タカミムスビが本来の皇祖神的地位にいた神で、アマテラスがやがてその位置に挿入されたという著者の説は、『古事記』に於ける不自然なタカミムスビの活躍の多さを説明するのに納得のいきやすい説であると思う。

 本書は1974年刊行のかなり古い神話入門書であるのだが、今読んでも十分に新鮮で素晴らしい古事記の比較神話学・民俗学的解釈の入門書だと感じる。先行する研究の引用と自説の区別は分かり易く、そのおかげで論理を整理よく理解していく事が可能である。また神話に於ける構造的な側面と物語の意味付けとの違いを明確にではないが指摘している点や、神話の伝播が必ずしも民族の移動を伴うものではないという指摘などは、現在の観点から見直せば炯眼と言える物だろう。下記の『日本神話の源流』共々、神話の原点に興味を持つ人には間違いなくお奨めの書物である。

日本の神々 (講談社学術文庫)

日本の神々 (講談社学術文庫)

 

 

『日本神話の源流』 吉田敦彦

 この本の著者、吉田敦彦はギリシア神話から日本の古代の神話まで様々な比較神話学の本を著している。この手の古事記関連書籍を読み始めるまで、全く吉田氏に関しての知識はなかったのだけれども、この『日本神話の源流』は比較神話学的アプローチで古事記を含む日本の古代の神話や神々を解析した良書であり、この関係に興味を持った初心者が最初に読むのに適した本のようだ。

日本神話の研究においては、日本の内部におけるその形成、編輯の過程を考察する歴史学的研究や文献学的研究と並んで、外の地域と関係させてその起源、系統を明らかにしようとする比較神話学的研究が不可欠である。

  第一章において著者は上記の様に述べている。これは『日本の神々』で松前氏が記している処と正に同一であり、神話を知る上でこの二つの手法が重要である事が共通の認識である事が分かる。この吉田氏の『日本神話の源流』では上記の『日本の神々』に比べると比較神話学的な手法に重点が置かれている。双方を読み比べると尚楽しめる事請け合いである。

 以下にこの書籍で紹介されている、日本の神話の源流を覚え書きしておく。

 まず、古事記の中でイザナギ・イザナミの一連の神話と日向神話とされる部分、特に山幸彦と海幸彦の挿話には南洋のポリネシア、インドネシア、ミクロネシアの島々の神話との相当な類似が見られる。

 さてこれらの神話は直接南洋から伝来したのだろうか?という事になると、近年の研究ではその大元は東南アジアにあるのではないかとされており、その源から別々に日本と南洋の島々に伝播したと推察されている。レヴィ=ストロースが提唱した様に構造が伝播し構成要素は変換され易いために、同様の島嶼共同体であった日本と南洋の島々で似たような物語に落ち着いたのかもしれない。

 他には神を殺すことで穀物を授かるオホゲツヒメの物語も、ハイヌウェレ型神話として広く東南アジアを中心に分布しているらしい。この捉え方はオランダの神話学者イェンゼンが提唱したものが広く支持されている様だ。この神を殺すという行為を祭礼儀式として模擬的に行っている習俗は各地に見られるのであるが、 ニューギニアに住むマリンド・アニム族では実際に少女が神話的事象の再現として殺さる「マヨ」と呼ばれる祭礼が続いていたらしい。著者はこの行為が人道的に許されるものではないとした上で、住民の行為が単に殺戮癖があるだとか野蛮だというのではなく、レヴィ=ストロースが述べる処の「野生の思考」によって行われたという事も強調している。我々の価値観だけがこの世を統べるものでは無いのは確かである*2

 著者の吉田氏はギリシア神話の研究がそもそもの本職だった方の様で本書のハイライトはやはりギリシア神話を中心とする印欧神話と日本神話の比較であろう。

 誰もが思い付く類似の神話としてはオルフェウスがその妻を冥界に訪ねる神話とイザナギの黄泉国訪問譚がある。が、吉田氏がそれに加えて指摘しているのが、アマテラスの天岩戸神話とデメテルがペルセポネを探す間の神話群との相似である。ぱっとギリシア神話を読んだだけではそれ程似ていない様に思っていたが、吉田氏の指摘する部分を読めばこれは確かに非常に似通っている*3。そもそも冬の到来を示唆する神話として捉えると共通項を理解しやすい。

 最後の章では日本の神々の権能を印欧神話の神々の権能とを比較してその類似する処を指摘している。つまり印欧文化が何らかの形で日本に伝播し影響を与えた可能性を示唆しているのである。この部分に関しては読み物としては面白いのだけれども、類似していると云う事以上の事は余り導き出せない様な気もする。ただ、こういう様な思索の拡がりを、太古の神話の伝播に想いを馳せながら読むとなかなか感慨深い。

 吉田氏と前出の松前氏の大きな違いは神話の伝播と民族文化の移動をどの程度同一であると看做すか、という所にあると思う。レヴィ=ストロースが唱えた仮説や類似神話が存在する場所が不連続である事を考慮すると、現状松前氏が提唱するように物語の伝播と実際の民族文化の伝播にはそれなり以上の差があると想定する方が妥当なような気がする。が、どちらにしても神話が遥かな距離を経て同一の物語として各地に顕現するという所には何か神秘的なモノを感じざるを得ない。

 本書は『日本の神々』の1年後1975年に刊行されている。この同時期に古代神話の源流を紹介する二冊の優れた啓蒙書が世に出たという所には何か偶然を越えたようなものが存在するのかもしれない。吉田氏はこの他にもギリシア神話の解説書などを著しており、失礼ながら学者先生の書く書物にしては文章が誌的で面白く読めるものが多い。そして当然、本書は『古事記』に興味をもつ人々にお奨めの一冊である。

日本神話の源流 (講談社学術文庫)

日本神話の源流 (講談社学術文庫)

 

 

 

*1:天孫降臨のエピソードの途中にサルタヒコが唐突に出てくるのだが、サルタヒコはアマテラス同様に伊勢の土着の太陽神であるらしい。何故猿が太陽神なのか?という事に関しては、日本古代では猿は太陽に関連する動物だった様だ。太陽神化したイザナギが祭られる多賀大社にも白猿が祭られているとの事である。何故猿が太陽と関連するのかは不明である。

*2:この辺りの価値判断というものは相当に難しい。西洋的価値観でそれに反する行為を総て禁止し、教化啓蒙するという行為はある種の文化的帝国主義であるが、文化相対化に依って全てを黙認するというのもまた逆方向の極端であろう。

*3:かなり詳細な比較が行われているので、興味のある方は是非実際に読んでみて欲しい。

『D坂の殺人事件』・『心理試験』 江戸川乱歩

 明智小五郎の登場と犯罪心理学のご愛敬

 江戸川乱歩は本当に何にでも興味を持つ人で、まあ小説家に成るような奇特な人々は大体そうなのかもしれないが、当時流行っていたミュンスターベルヒによる心理学の書物なんぞも読み、その中の犯罪心理に関する部分から小説の種を思い付いたりもしたらしい。この辺りの心理学を小説に活かそうした経緯は『楽屋噺』*1の中に以下の様に述べられている。

ある古本屋で、ミュンスターベルヒの『心理学と犯罪』という本を見つけ、大喜びで買って帰って、読んで見ると仲々面白い。小酒井氏が『心理的探偵法』という随筆に書いていられる原本であることも分った。そこで、何とかこれで一篇作り上げようと考えたのだが、ただ心理試験丈けではミュンスターベルヒそのままで、何の奇もなく、創作とは申されぬ。
-『楽屋噺』 江戸川乱歩

 この所感は『心理試験』を思い付いた経緯に関して述べているのだが、同様にミュンスターベルヒの犯罪心理を多少使っているものとして『D坂の殺人事件』がある。どちらも心理的な推察を巧く材料にした中々面白い作品である。乱歩の作風の得な所は、心理洞察等という一見理詰めの様で実は曖昧模糊としたモノをそのまま曖昧な上澄みを活かして小説に用いる事が出来る処だろう。

 上述の2作は相次いで発表された。まず、『D坂の殺人事件』(大正13年:1924年)は乱歩のその後に多大な影響を与えた一作である。勿論、ある作品がその作者の将来に影響を与えると云うのは多かれ少なかれある事で、この小説だけがそうだという事は無いのだろうけれども、この『D坂の殺人事件』の最大の特異点は何と言ってもかの「明智小五郎」がこの世に生み出された最初の作品だという点にある。

 明智小五郎の初登場時の人物描写は以下の様なものである。

年は私と同じくらいで、二十五歳を越してはいまい。どちらかといえば痩せた方で、先にも言った通り、歩く時に変に肩を振る癖がある。といっても、決して豪傑流のそれではなく、妙な男を引合いに出すが、あの片腕の不自由な講釈師の神田伯竜を思い出させるような歩き方なのだ。伯竜といえば、明智は顔つきから声音まで、彼にそっくりだ――伯竜を見たことのない読者は、諸君の知っているところの、いわゆる好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そしてもっとも天才的な顔を想像するがよい――ただ明智の方は、髪の毛がもっと長く延びていて、モジャモジャともつれ合っている、そして彼は人と話しているあいだにも、指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き廻すのが癖だ。
-『D坂の殺人事件』 江戸川乱歩

 この記述を読んで、大抵の推理探偵小説愛好家はアッと思うだろう、もしくは既に良く知っているかもしれない。これはもう正に横溝正史が生み出した金田一耕助そのままではないか。勿論、金田一耕助登場の方がずっと後になるので、横溝正史がこの最初期明智小五郎像を拝借して金田一耕助を創造したのは間違いないのであるけれども。明智小五郎が一般にイメージされる割としゅっとした探偵に成る迄には案外作数が掛かっていて、例えば大正15年の『一寸法師』では上海帰りで中華衣装に身を包むエキゾチックな明智小五郎が描かれている*2

 さて肝腎の心理洞察であるが、ここで描かれている物は、主として事件証人の証言の非信頼性に関するものである。二人の書生がほぼ同じ場所から犯人と思しき人間の服装を見たのであるが、その証言が全く相異なっているのである。語り手である「私」は何とか論理的な説明を思い付くのであるが、明智はそれを退けて、ミュンスターベルヒの『心理学と犯罪』を引き合いに出し、証人の記憶詰まる処、人間の観察と記憶という物は非常に頼りない事を指摘する*3。こういう記述を読むたびに、乱歩という人は推理探偵小説の構造的な限界を逆手に取るのが非常に巧みだな、と感心する。実際、人の視覚認知や記憶が不確かなモノである事は現在では割と良く知られているとは思うのだが、そうは言っても、推理探偵小説内では一般に小説内の目撃者の証言は基本的に信頼に足るものとして扱われているのである。この辺りを上手く捻って乱歩の世界に引き摺り込む所が乱歩先生の乱歩先生足る処だろう。この『D坂の殺人事件』は乱歩の小説の中で特別面白い方と言う訳では無いけれども、名探偵明智小五郎の初登場作品という意味で是非とも読んでおきたいお話である。

 ミュンスターベルヒの『心理学と犯罪』から影響を受けたもう一作『心理試験』は『D坂の殺人事件』の翌年大正14年(1925年)に発表されている。『D坂の殺人事件』が明智小五郎の誕生という意味に於いて乱歩に取って重要な小説となったのと同様、この『心理試験』も乱歩の作家人生を左右する重要な一作となった。というのも、乱歩はこの小説を小酒井不木に送り、果たして専業小説家として暮らして行けるかどうかを問うたのである。それに対しての小酒井氏の返答は当然非常に好意的なモノであって、それだけで決心したのでは無いにしても、この応援に力を得た乱歩は以後、専業の小説家として邁進して行く事になる訳である*4

 この『心理試験』は乱歩の小説の中では割と理知的な作りの小説に属すると思う。乱歩は後に意識的にそうした積りは無かったと述懐しているが、このお話は乱歩の最初の「倒叙」推理小説になっており、読者には最初から犯人が分かっていて、さて、この一見完璧に見える犯行がいかにして露見するのか?という所を楽しむ事になる。上で引用した様に、ミュンスターベルヒの書物を読んで種を仕入れたがそれをどの様にして美味しく仕上げるかに苦心した様で、同様に心理の抑圧の様な側面を持っているドストエフスキーの『罪と罰』を読んでそのアイデアを産み出したらしい。つまり、賢明な犯罪者の場合はその心理的作用を上手くコントロール出来るだろうが、その際に心理試験を用いて聡明な犯罪者を追い詰める事が出来るかどうかという空想を推理探偵小説という形に仕上げた訳である。

 さて、実際の処、心理捜査という物は犯罪者の推定にどれくらい役に立つのだろうか? 心理洞察を推理小説に活かす発想自体は、小酒井不木や後にヴァン・ダインや小栗虫太郎なんかも思い付いて試みてはいるが、実際の処論理的にそれを組み立てるのは中々に難しいものがある様で、何れの作に於いてもそれ程、心理操作が推理の解決に役に立っている様にも思えない*5。現実の世界に於いてもある程度確率論的に捜査の範囲を狭めることは出来てもあくまで確率の範囲を出ない事は想像されうるだろう。   

 と言う事で、乱歩は所謂処の心理試験が必ずしも上手く作用しないであろうという事を想定してお話を組み上げた。犯人は心理試験の裏を掻いて十分にそれに対する備えをしていたのである。私は心理試験の効用を余り信じていない方だからこういう風に裏を掻くお話なんかは中々爽快であって、やっぱり乱歩はこういう流行り物に一石投じるのが巧いなと思ってしまった。まあ、これは小説なので、残念ながら落ちというモノがつく訳で、天才探偵明智小五郎がかなり強引な推理で無理矢理に解決してしまう処が個人的にはやや残念ではあった。乱歩のお話は構成上理知が勝って来るとやや残念な感じになってしまう処があるけれども、やはり、官憲の追求を如何に逃れるかという犯人の異常心理の描き方なんかは本当に乱歩節で、最後の辺りまでは手に汗を握って楽しめる佳作ではあると思う。

 

 今回もいつもの如くkindle版を読んだ。『D坂の殺人事件』は挿絵があるという点で創元社から出ている短編集『D坂の殺人事件』が断然にお奨めなのだが、『心理試験』の方は残念ながら創元推理の電子書籍には収録されていない様だ。光文社から出ている乱歩全集第1巻『屋根裏の散歩者』には両者とも収録されているし、乱歩自身の解説(『楽屋噺』を含む)も収録されている。効率重視の場合は光文社の乱歩全集が良いだろう。

屋根裏の散歩者?江戸川乱歩全集第1巻? (光文社文庫)

屋根裏の散歩者?江戸川乱歩全集第1巻? (光文社文庫)

 

*1:光文社刊の乱歩全集第24巻『悪人志願』中に収録されている。

*2:尚、神田伯竜氏の写真は余りはっきりしたものが残っていないのだけれども、調べる限り、失礼ながら所謂ハンサムというタイプの顔立ちでは無い様だ。

*3:原著を手に入れる事が出来なかったのでここで乱歩が記している事が実際にミュンスターベルヒの著作に記されているかどうかは未確認なのであるけれども、大体一般論的に現代に於いては首肯出来るものであると思う。

*4:上述した『楽屋噺』に詳細が記されている。

*5:ただ、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』で描かれるそれは圧巻ではある。無意味に空回りしていたとしても、その空回りの仕方が素晴らしく印象的であるので、あれはあれで別な効果を生み出していると思う。

『見るまえに跳べ』 大江健三郎

 今迄もそしてこれからも跳ばない、跳べない

 ここの処、大江健三郎を少しずつ読み返しているのだけれども、大江健三郎は読めば読む程、癖のある面白い小説群を残している。この歳になって読むと不思議な事に一層面白く感じる。段々と自分の感覚が大江健三郎に近付いて来たのだろうか?

 新潮社刊の『見るまえに跳べ』は短編集『死者の奢り・飼育』や中編『仔撃ち芽むしり』と同時期に発表された初期短編集である。前に紹介した2冊の中に出てきたモチーフが繰り返し変奏されており、これらの作品群からは初期の大江健三郎に漂う現実社会への諦念や所謂インテリ層としての虚無感・無力感が強く伺える。

 大江健三郎はこの頃、サルトル的な実存を描く小説家と目されていた様だ、が、現代の私の視点から見ると、サルトル的な実存主義というよりもむしろ更にもっとペシミスティックなどんづまりの状況を描いている様に思える。個人的にはサルトルには大江健三郎の小説よりも強い自意識と動力を感じるし、連帯の意義を強く訴えかけていた点などで大江健三郎の書くものとは幾分か異なる方向を向いていたのではなかろうか。哲学者と小説家の違いというのもあるかもしれない。

 何にしてもこの初期短編集で繰り返し表出されるものは、上述した諦念、無力感、そして徒労に終わる行動である。この徒労感というものを執拗に描くという点から、大江健三郎が実存主義的作家と看做されたという事が今となっては分かる。この部分に関しては若い頃に読んだ時には余り良く分からなかったのだが、そこで描かれているものは、確かに徒労感の連続である。村上春樹の小説は読んだ事が無いのだけれども、しばしば「やれやれ」といった言葉が小説の登場人物の言葉として紹介されているのを見掛ける。この「やれやれ」は、むしろ大江健三郎の描く初期短編の世界にぴったりの言葉ではないかとも思う。というのも、正にこの「やれやれ」という言葉を呟く以外にどうにもならない様な出来事を体験するお話が繰り返されるのである。

 まず、最初に収録されているのが『奇妙な仕事』である。この短編は構造的にはほぼ『死者の奢り』と一致しているといって良い。『死者の奢り』に於いて、解剖用の死体を別な水槽に移す労働が徒労に終わったように、『奇妙な仕事』に於いても、実験用の犬を屠殺する苦労の多い作業は結局の処徒労に終わる。戯曲として書かれた『動物倉庫』や短編『運搬』に於いても登場人物達の労働や奮闘を待ち受けるのは無意味な結末である。

 これらの徒労の中でも、この短編集の表題作『見るまえに跳べ』(1958年)は当時の世の中のどうしようもない虚無感、倦怠感を遣る瀬無く描いている。

 登場する人物達は、主人公「僕」とその愛人の外国人専門娼婦である良重、そして良重のもう一人の情人であるアメリカ人のガブリエル、主人公が家庭教師をしやがて関係を持つ田川裕子である。

 世の中に倦んだ情熱を持たない主人公と外国人向け娼婦とその情人の外国人という組み合わせは、この『見るまえに跳べ』だけでなく、『戦いの今日』そして『われらの時代』でも見られる、この時期の大江健三郎が良く用いた構造である。ここに弟が入ってきたり、主人公と娼婦の関係が愛人関係か否か、等がそのバリエーシェンとなるのだが、大江健三郎はこの構造をよっぽど気に入っていたのだろう、この三作品は正に兄弟の様に感じられる。

 ここで大江が描く無力感虚脱感は明らかに、「皇国」の敗北とそれに伴うどうしようもない卓袱台返し、大江らの世代が味わった社会構造のドラスティックな変化、それらが齎した不条理性が反映されているのだろう。今まで存在したイデオロギーがいとも簡単に覆され、そして人々は以前に存在したイデオロギーを否定し、それを受け入れていた自分達がまるで存在しなかったかの様に振る舞って暮らしていく。理性のあるものには耐えられない状況だったのかもしれない。勿論、戦後の日本にアメリカから下賜された「民主主義」という枠組み自体は戦前の全体主義や半封建主義もどきの社会構造よりは妥当な物だと思えるが、人々がいとも簡単に社会構造を放擲し与えられたものを受け入れるのであれば、このアメリカから下賜された「民主主義」とやらがいつひっくり返されてもそれ程不思議ではないのである。

 敗戦後に外国人を専門にする娼婦という存在、そしてアメリカ人のガブリエルに辱められる娼婦という存在が、アメリカに支配されていた戦後間もない日本を暗示している事は容易に推察出来ると思う。「僕」はこの娼婦良重との生活に無力的に浸っている。恐らく、この辺りに、一部の人々から大江健三郎が嫌悪される理由があるのだろう。大江は余りにも露悪趣味的であり極端に走る処がある。しかし、この例えは上品な物では無いにしても、そう外れた物でも無い。「愛国心」故にこの表現に敵意を抱く人々が向けるべき敵意の先は、当時であれば間違いなく、占領米軍及びアメリカのシステムに組み込まれてしまった社会構造である。

 敗戦後の卓袱台返しに加え主人公の無力感を更に煽るのが、この小説の発表前に終結していた朝鮮戦争や発表当時その最中であったベトナム戦争・アルジェリア戦争であろう。日本から見て外国の人々が、彼等の自由の為に、彼等のイデオロギーを守るために、命を賭している。それに対して、日本の若者がやっている事はせいぜいデモを行う位であった*1。そしてそれらの活動がどれ程に効果があるのか? 熱狂していた人々以外には実際の処大いに疑問であったのは確かな筈である。ではどうすれば社会を変革出来るのか、出来たのか?それに対する答えは容易に見つかる筈がない。小説中でガブリエルが「僕」に向けて放った言葉「見るまえに跳べ」に、この無力感が凝集されている。

The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like, but you will have to leap.
-"Leap Before You Look"(一部) W. H. Auden

 「僕」は裕子と関係を持ち裕子が妊娠した事によって、良重とのどんづまりの生活からの脱出、つまりその無力感虚無感からの脱出を図る。労働に精を出し、フランス文学を熱心に学ぶ姿は「僕」が暮らす世界のアメリカ的支配からの脱出を希求するかの様である。しかしフランスからの新思想はやはり借り物でしかないし、借り物で新たな主体化を行う事には相当な困難が予感されるのが当然であろう。裕子の妊娠は新たな国生みを示唆し、そこに新たな主体性が生まれ得ることを期待させるのだが、大江健三郎の小説の行先は誰もが知る処である。「僕」と裕子の淡い希望は無惨に潰え、そこに残されるものはやはり無力感と虚脱感である。

 新たな希望を失い、「僕」は「良重=屈辱の中に暮らす安寧」へと帰る。良重が日本人の客を揶揄して放つ言葉がどうしようもない。《つまんない、ちっぽけな日本人》。その言葉に引きずられる様に、「僕」は不能になっている事に気付く。徒労と喪失と無力感。希望を失った「僕」にはもはや何も残されていないのだ。 

 大江健三郎は、当時の日本にそして無力な自分自身に我慢がならなかった一部の人々の思潮の幾らかを具現化する事に成功している。この大江の描いた感覚は、若い人々には信じられないかもしれないが、三島由紀夫が抱いていた焦燥感とも根は同一である*2。「見るまえに跳べ」これは確かにそうなのだろう。だが何人が実際に跳ぶ事が出来るのか?大江の描く世界では「僕」は跳べなかったしこれからも跳ばないだろう。徒労とどんづまり。行き場など他にない。我々に残されているのは緩慢な死のみである。

 カミュは『シーシュポスの神話』やら『ペスト』やらに於いて、人生という徒労を肯定的に捉えその中で不条理に立ち向かうことを良しとしたが、実際問題として、弱き我々一般人がその様にこの世を捉える事は可能なのだろうか? 大江健三郎が描いたこのどうしようもない徒労、どんづまり、結末の無い運命、これらは現代日本に暮らす我々が正に直面している課題だと言えるし、カミュの説く強い意思に辿り着く前に我々が味わう課程であろう。そして、この課程の方に重要な全てが凝縮されているのではないか。そもそも、カミュの述べる処に万人が到達するとも限らないのである。むしろほとんどの人間がその様に成れないのが現実だろう。私自身、今迄もそしてこれからも跳ばないし跳べないだろうという確信に近い予感がある。この歳になって大江健三郎がなぜノーベル賞作家に選ばれたのかが朧げながら分かって来た様な気がする。

見るまえに跳べ(新潮文庫)

見るまえに跳べ(新潮文庫)

 

*1:勿論、武力闘争を行う事の方が立派等と言うつもりは毛頭無いが、大江健三郎は左翼活動を実際に行っていたからこそ、その当時の彼等の活動に無力感を感じていたのだろう。三島由紀夫など保守派が、当時の左翼活動を「安全な場所で子供染みた騒動を起こしているだけ」と批判していたのだが、大江としても一部痛い処を突かれている感はあったに違いない。

*2:とはいえ、彼等の採った政治的手法は全く異なる物であったのは言うまでもないだろう。三島由紀夫はある意味においては跳んだのである。それに意味があったかといえば、残念ながら意味はなかったと答えるしかないと思うのだが、そもそも生きる意味などは存在しないのである。大江の採った政治的活動は当時としては妥当な物であったと思うのだけれども、往々にして、政治的活動は本人の当初の意図からずれて迷走してしまうというのも現実だと思う。