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(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

『悪人志願』 江戸川乱歩

 乱歩の多趣味が伺える初期随筆集

 江戸川乱歩が日本で最も有名な推理探偵小説作家だと思うのだが、ある時期からは、推理探偵小説のを余り書かなくなって、どちらかと云うと推理探偵小説に纏わる随筆や評論の様なものを良く書くようになった。その本職である推理小説が面白いのは当然なのだけれども、実はこの推理探偵小説に関する随筆がとてつもなく面白い。乱歩はそもそも幻想と怪奇の間を彷徨う様な変格モノを良く書いていただけあって、色々な処に繊細で敏感で、またかつ色々なモノに興味を示す性質だった様だ。『幻影城』に収録されている自伝的随筆でも物事に飽き易いという風に乱歩自身の事を書いていた様な気がするが、まあ、今回読んでみた光文社から出ている乱歩全集24巻である初期随筆集『悪人志願』でもその気紛れで気儘な興味の拡がりを味わえる。この随筆集は『悪人志願』という題となっているが、中味は表題の「悪人志願」、「探偵小説十年」、「幻影の城主」そして「乱歩断章」*1の4種の随筆を収録した物となっている。本当に雑多な物事を記していて取り留めなく話題が散乱しているのだが、その中で、私のどこかに引っ掛かったモノを覚え書きしておく。

 まず、随筆集「悪人志願」最初の序からして乱歩先生の韜晦趣味が溢れ出ていてこちらをニヤつかせてくれる。それは、こんな具合である。

 水谷準氏の勧めにより、恥かしき雑筆類をまとめて本にする。(中略)
 こんなものを読んで下さる人があるかと懸念もするし、又若し多少でも売れて、お小遣が這入ったら、勿体ないことだとも思う。
-「序」(『悪人志願』 江戸川乱歩)

 乱歩のこの変なへりくだった感じは、照れ隠しの様な感じでいつ読んでも微笑ましい。

 「悪人志願」*2は随筆集「悪人志願」の表題となった最初期随筆である。

 私は、一つの探偵小説を書くまでに、頭の中で、まあ幾人の男女を殺すことでありましょう。一晩に一人ずつ殺すとして、一年には三百六十五人、十年には三千六百五十人、そして一生には?それが又、一つ一つ、並大抵の殺し方ではないのであります。出来る限り陰険に、出来る限り残虐に、血みどろに。オオ神様、私は何という恐ろしい人鬼でありましょう。
 それ程に思うなら、探偵小説書きを止せばよさそうなものですが、持ったが病で、どうもあの魅力を捨て去るにしのびないのであります。そして、夜々の悪企みを、益々陰険に、愈々残虐にと、こらして行くのであります。そこで、私の今日此頃の願いは、どうかしてもっと極悪人になり度いということであります。私の歎きは、自分が余りに善人過ぎるということであります。
-「悪人志願」(『悪人志願』 江戸川乱歩)

これまた、乱歩の微妙な韜晦癖が出ていて、何だか乱歩の小説の登場人物の手記に出てきそうな告白である。乱歩の小説の場合はこんな感じで夢想している小説家が実際に犯罪を犯すという感じの展開になるのだが、勿論乱歩の場合は夢想のままに留めていて、善人?とまでは言わずとも悪人には成れなかったが故の「悪人志願」であろうけれども。

 乱歩はこの様に妄想逞しい作家であるから、その辺を歩いていたり、何かを見たりしているだけでも異世界や魔界への扉がどんどんと開いていく。例えば、映画を見ていると不安になるらしい、

 私は活動写真を見ていると恐しくなります。あれは阿片喫煙者の夢です。一吋のフィルムから、劇場一杯の巨人が生れ出して、それが、泣き、笑い、怒り、そして恋をします。スイフトの描いた巨人国の幻が、まざまざと私達の眼前に展開するのです。
-映画の恐怖(『悪人志願』 江戸川乱歩)

こんな具合で、さらに映画の映写機がふと止まってスクリーン一杯に映し出された顔に焦げ跡が出来たりする恐怖などを語っている。何の気になしに映画なんか見ているけど、確かに妄想を逞しくすれば、昭和の時代の映画にはこういう恐怖もあったに違いない*3。この随想で描かれている恐怖は後日、実際に『悪魔の紋章』や『暗黒星』などで使われている。他にもパノラマ館の恐怖や、八幡の藪知らずの恐怖、人形の恐怖、早すぎた埋葬の恐怖*4など本当にそこかしこから非日常の接点を乱歩は見付けてくるものである。これらの恐怖を巧く装飾して、乱歩は彼が描く小説の中に何度も何度もこの白昼夢的な異世界の齎す恐怖・日常の中の非日常を顕現させるのだが、この随筆集でその異界の原点を探るのはこれまたこの随筆集の楽しい味わい方の一つだと思う。

 また、都市の雑踏の魅力も語っている。乱歩にとっての雑踏とは浅草だったのだろう。昔の浅草六区界隈の雑踏は相当なモノだった様で、その雑踏の中に様々な見世物や得体の知れない人々がごった煮になっていて乱歩の想像力を刺激した様である。浅草の妖しい人混みから想像を得たであろう作品に『陰獣』やらがあるし、雑踏に紛れて多数の人の中に孤独感を感じるその気持ちを描いた「群衆のロビンソン」(『幻影の城主』収録)なんかは誰しもが感じる孤独感漂流感を巧みに文章にしている。都市に住む人々は乱歩程ではないにしても皆それぞれの異界を街のどこかに認めているのではないだろうか。

 この随筆集には小酒井不木と乱歩の交流の想い出も多数綴られている。小酒井不木は推理探偵小説の材料になりそうなお話を沢山書いており、乱歩のデビュー作である『二銭銅貨』を非常に褒めちぎって、乱歩を相当に勇気付けたのである。そしてその後には、実際に自ら推理探偵小説を幾つも世に送り出しており、乱歩に依れば、『恋愛曲線』や『疑問の黒枠』は相当の名作の様である。小酒井氏は東北大学(当時は東北帝国大学か)の医学部の教授でもあった人であって、当時、小説の中でも特に俗世的なモノと看做されていた推理探偵小説の地位向上に尽力したという点でも乱歩は氏をかなり敬愛していた様だ。乱歩の小酒井氏に対する思慕敬愛の念は相当に強かった様で、『悪人志願』内の多数の随筆のみならず、他の随筆集でもしばしば小酒井氏に触れている。この『悪人志願』には小酒井不木と乱歩の共作である『ラムール』という中々の幻想的掌編が収録されている。乱歩と不木の共作というだけでも中々に興味をソソルのであるが、その中身も実際に小酒井氏の医学描写と乱歩の幻想風味が非常に奇麗に絡まっていて端麗な美しさがある。この『ラムール』は後に乱歩が改変して『指』として昭和35年に発表しているが、個人的にはこの『ラムール』方に細部で軍配が上がる気がする。

 因みに、乱歩はこの小酒井氏の『疑問の黒枠』の他に、大下宇陀児の『蛭川博士』や浜尾四郎の『殺人鬼』も国産長編探偵小説の優れたものだとしてこの随筆集内で挙げているのだが、実は私は何れも読んだ事がない。ぱっと見た感じ、どれも現在簡単に手には入らない状況の様である。まあ機会を見て図書館巡りでもするしかないのかもしれない。この辺りの文献なんかもどこかの書肆が電子化してくれれば簡単に手に入るのになあ、などと無い物ねだりをしてしまう。

 乱歩を語るに当たって、彼の同性愛研究の側面も重要だと人づてに聞いた事がある。この光文社『悪人志願』中の「幻影の城主」に収録されている幾つかの随想はその辺りの消息を詳しく記している。乱歩の小説では明確に同性愛的なものが示唆されているのは『孤島の鬼』しかないと思うのであるが、こうやって色々と研究していた処を見ると、表層に顕れて来ていない部分で、同性愛的な構造が含まれているのかもしれない。そういう側面から乱歩を研究している人も存在してもおかしくはない気もする。

 

 今回読んだ光文社刊行の『悪人志願』は乱歩の様々な側面が味わえる楽しい楽しい随筆集集である。光文社の江戸川乱歩全集の電子書籍版は注釈が欠けている事があったり解説がない事が残念な場合があるのだけれども、この『悪人志願』の場合は一応解説は収録されている。紙媒体の方が情報量が多いとは思うけれど、手軽に手に入ると言う意味では電子書籍版が存在するのは有難い事である。

悪人志願?江戸川乱歩全集第24巻? (光文社文庫)

悪人志願?江戸川乱歩全集第24巻? (光文社文庫)

 

*1:「悪人志願」は昭和4年刊行。「探偵小説十年」は昭和7年刊行、平凡社乱歩全集の十三巻に書き下ろされた。「幻影の城主」は昭和22年刊行。「乱歩断章」は他の随筆集に収録されていないものを集めたらしい。この光文社刊全集のオリジナルか?

*2:私の記述が拙いせいで分かり憎くなってしまっているのだが、この光文社乱歩全集第24巻『悪人志願』中に「悪人志願」という随筆集が収録されていて、「悪人志願」という随筆が随筆集「悪人志願」の最初に収録されている。

*3:映画館の映写機の故障による火事の不安という物は、かつては一般に存在したようだ。例えば有名な映画『ニュー・シネマ・パラダイス』でも映画の上映中の事故による火災が描かれている。

*4:『蜘蛛男』や『悪魔の紋章』ではパノラマの恐怖、迷路の恐怖、そして人形の恐怖総て揃っている。『吸血鬼』では早すぎた埋葬の恐怖が描かれている。そして『パノラマ島奇譚』では当然の如く、目の眩むパノラマ描写が延々と書き連ねられていくのである。