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(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

『歴史』 ヘロドトス 松平千秋 訳

 独裁制と民主制の戦い:ペルシア戦争を巡る一大歴史叙述

 歴史に関する書物は中々面白いものが沢山ある。私は子供の頃から歴史関係の小説はかなり好きであった。『三国志演義』に始まり、『水滸伝』(歴史物では無いか)、陳舜臣の『十八史略』、山岡壮八の『徳川家康』、司馬遼太郎の色々な小説等を結構読んだのを覚えている。勿論この辺りの物は創作の歴史小説であって、きちんとした史書では無いから作者の好みや演出が多分に介入している訳であるが、そうは言っても相当面白い。きちんとした歴史研究文献は勿論碌に読んだ事がないので、それらがどれくらい面白いのかは良く分からないけれども、それはそれできっと随分面白いだろうと思う。まあ、きちんとした歴史書と言っても、古代のものになれば創作の入った記録と純然たる事実の記録との境目を明確にする事は中々困難ではないかと想像する。

 今回読んでみた、ヘロドトスの『歴史』はその古代の歴史書になる。これは歴史書に分類されるの最初の物だという事になっているらしいのだが、当然、現代に於いては、ここに書かれている諸々の出来事の総てが事実を完璧に反映していると思って読んでいる人は皆無であろう。今回は岩波のkindle版で読んだのであるが、事実と思われている事と、現代では事実とやや異なると思われる事に関して相当量の充実した注釈が存在していて、やはり、今の所電子書籍では岩波文庫の出来が良いな、と改めて認識した。注釈は全てを確認した訳では無いのだけれども、その量にして本文自体の3分の1くらいはあるのではないかと思う。現代に於いては、様々な名称等が変わっていたり、明らかにヘロドトスの誤解であると分かっている事などもあるし、時々挿入される地図や、人物の歴史的背景、系統図等はこの一大歴史記述を理解するための大きな手助けとなる。kindle版にする際に、著者とは別に注釈者からも電子書籍化の了解を取るのが手間なのかもしれないが、書籍版には存在する解説や注釈が電子版では割愛されていると云うパターンを良く目にするだけに、岩波がこの手の労を惜しまない所は、やはり、文芸の振興へその力を投入し続けてきた出版社だけの事はあると思う。

 さて、この歴史大書、ヘロドトスの『歴史』であるが、一度は読んでみるべき書物として様々な処で紹介されている。『歴史』という書物名であるが、世界の歴史を叙述した歴史書と云う類の物ではなくて、基本的には紀元前450年頃に起きたペルシア帝国によるギリシア侵攻、所謂ペルシア戦争に関する記述と、ペルシア帝国を中心としたそれらに関係する国々の風土記から成っている。ペルシア帝国に関してはメディアやリュディアにまで遡り、その成立過程も詳しく記載されている。読み始めてみると、訳の平易さもあるのだろう、さらさらと読み進める事が可能で、昔に『三国志演義』を読んだ感覚を思い起こさせるものがあった。

 歴史叙述なので勿論様々な物事が記述されているのだけれども、その記述の根底に二つ程ヘロドトスの強い思想が伺える。一つは盛者必衰的な思想である。そして、もう一つが、民主制と独裁制の比較に於いて、ヘロドトスが自由と民主制を圧倒的に支持しているという明確な姿勢である。

 まず最初の盛者必衰の理に関してであるが、以下の様に何度かその事が示唆される。リュディアの王クロイソスがソロンに誰が世界で最も幸福か?と尋ねたときに、ソロンが答えて言うには、

どれほど富裕な者であろうとも、万事結構ずくめで一生を終える運に恵まれませぬ限り、その日暮らしの者より幸福であるとは決して申せません。(中略)神様に幸福を垣間見させてもらった末、一転して奈落に突き落とされた人間はいくらでもいるのでございますから。

勿論、クロイソスはソロンの言葉に耳を傾けないが、結果、波乱の一生を送る事になる。

 また、エジプト王アマシスがサモスの独裁者ポリュクラテスに宛てた書簡には以下の様に記されていた。

万事にことごとく幸運に恵まれるよりはむしろ、成功することもあれば失敗することもあるというように、運と不運をかわるがわる味わいつつ一生を終るのが望ましいように思います。かように申すのも、何事につけても幸運に恵まれた者で、結局は世にも悲惨な最期を遂げずにすんだ例を小生はかつて聞いたことがないからです。

 ポリュクラテスも非業の死を遂げる事になる。

 また、クセルクセスのギリシャ侵攻計画をアルタバノスが諫めて言うには

神は他にぬきんでたものはことごとくこれをおとしめ給うのが習いでございます、(中略)神明は御自身以外の何者も驕慢の心を抱くことを許し給わぬからでございます。

つまり、強者がやがて敢え無く滅びる危険を諭している。このアルタバノスの危惧する通り、クセルクセスのギリシア侵攻は圧倒的な兵力差にも関わらず失敗に終わるのである。

 勿論、歴史的展開に合致するように都合の良い伝承を並べたのであろうが、これらの記載とその提示の仕方から、強者が何時までも強者たる事は無いと云う、ヘロドトスの強いイデオロギーを受け取る事が出来る。

 さて、もう一つの大きなテーマ自由と民主制についてである。ヘロドトスはこの『歴史』中に何度も民主制と自由がギリシアに勝利を齎した事を強調する。

 まず、アテナイでの自由民主制について以下の様に記している。

かくてアテナイは強大となったのであるが、自由平等ということが、単に一つの点のみならずあらゆる点において、いかに重要なものであるか、ということを実証したのであった。というのも、アテナイが独裁下にあったときは、近隣のどの国をも戦力で凌ぐことができなかったが、独裁者から解放されるや、断然他を圧して最強国となったからである。これによって見るに、圧政下にあったときは、独裁者のために働くのだというので、故意に卑怯な振舞いをしていたのであるが、自由になってからは、各人がそれぞれ自分自身のために働く意欲を燃やしたことが明らかだからである。

 他にも以下の様に自由と民主制の強みを記している。

かくのごとくスパルタ人は一人一人の戦いにおいても何人にも後れをとりませんが、さらに団結した場合には世界最強の軍隊でございます。それと申すのも、彼らは自由であるとはいえ、いかなる点においても自由であると申すのではございません。彼らは法と申す主君を戴いておりまして、彼らがこれを怖れることは、殿の御家来が殿を怖れるどころではないのでございます。

御忠告下さるあなたは、なるほど一面のことは経験済みでおられるが、別の一面のことには未経験でおいでになる。すなわち奴隷であることがどういうことかは御存じであるが、自由ということについては、それが快いものか否かを未だ身を以て体験しておられぬのです。しかしあなたが一度自由の味を試みられましたならば、自由のためには槍だけではない、手斧をもってでも戦えとわれらにおすすめになるに相違ありません。

 この様に自由の強みとそれを当時保証した民主制の素晴らしさを高々と掲げているのである。そしてこれらがアテナイを中心としたギリシア連合がペルシアを打ち破った根本にあると考えているのである。ただし、ヘロドトスはこの様に民主制とそれから得られる自由の有難味を賞賛するだけではなく、民主制が孕む問題点も同時に認識していた様だ。ペルシアでダレイオスが王に成った際に、民主制の提案を退け独裁制を採ったのだが、その際に、民主制の欠点としてポピュリズムに陥り易い事、総ての民衆が政治的才能を持っている訳ではない事、公共に汚職がはびこり易くなる事等を挙げている。これらはこの『歴史』中のギリシアの民主制の都市に於いて生じた幾つかの問題であり、民主制自体が常に最善とは言い切れない事をヘロドトス自身も認めているかの様である*1

 これらの民主制の問題点への具体的な解決方法を提示をしてはないのだが、独裁制に於いても同様の欠点が存在する事をヘロドトスは記載し、民主制による自由と法による生活を独裁制の不自由よりもより良い物だと強く主張している。そして生きる動力としての個々人の自我への強い信頼が見受けられるのである。以前にも書いたが、ただ暮らすだけであれば、どんな社会体制を支持していてもそれ程の差はないかもしれないが、私としては独裁者や一部の者に権力を委ねるのではなく、様々な苦労や問題を内包する事を承知の上で民衆による政治が行われるのが理想であると考えている。

 このヘロドトスによる『歴史』は詳細な聞き取りと実際の見聞によって書き記された大著であるが、歴史書として面白い*2と同時に、大きなイデオロギーも提示されている。本書が悠久の時を経て尚、現代に於いても読み続けられているのはその歴史描写の精緻さのみならず、自由と民主制への賞賛が欧米で愛された側面もあるのだろう。

ヘロドトス 歴史 上 (岩波文庫)

ヘロドトス 歴史 上 (岩波文庫)

 
ヘロドトス 歴史 中 (岩波文庫)

ヘロドトス 歴史 中 (岩波文庫)

 
ヘロドトス 歴史 下 (岩波文庫)

ヘロドトス 歴史 下 (岩波文庫)

 

*1:しかも古代ギリシアの民主制は現代の民主主義とはかなり異なっていて、総ての人々が参政権を持つ訳では無いし、当然2級市民や奴隷も存在する。それに加え、記述を読む限り、公正に意見が纏められていた訳でも無さそうである。

*2:自分への覚書として、人物・出来事を記述して置く。

クロイソス:リュディアの王。富貴の印象を代表する人物として後世にも描かれた。ペルシア王キュロスとの戦いに敗れた後は、ペルシア王に使えて助言を行う。

キュロス:ペルシアの初代王。メディアの支配下にあったペルシアを一大帝国に成長させた。メディア王の血筋でもある。犬に育てられた伝説があり、この伝説はローマのロムルスとレムスの伝説に影響していると思われる。

ハルパゴス:メディアの重臣。メディア王に罰として自らの子を食べさせられ、その恨みからペルシアに寝返り、以降、ペルシアの重鎮として活躍する。岩明均の漫画『ヒストリエ』に於ける有名なコマ「ば~~~~っかじゃねえの!?」の人。

リュディア対ペルシア(クロイソス対キュロス):当時、絶頂に有ったクロイソスのリュディアをキュロス率いるペルシアが破り、ペルシアがアジアの覇者となる。

マッサゲタイ討伐(キュロス):ペルシア軍が北方に侵攻した際、深入りし過ぎたためにキュロスは戦死する。

エチオピア遠征(カンビュセス):キュロスの後を継いだカンビュセスはエジプトそしてエチオピアと遠征するが、兵站を軽視したためにエチオピア遠征は不成功に終わる。

ダレイオスとペルシア6重臣:カンビュセスの子を騙る偽物をダレイオスらが討伐しペルシア帝国の実権を手中に収めた。ダレイオスに協力した他の6人はオタネス、ゴブリュアス、メガビュゾス、ヒュダルネス、アスパティネス、インタプレネス。オタネスは民主制を提案し、メガビュゾスは寡頭制を支持し、ダレイオスは独裁制を主張した。オタネスを除く6人で王位を平和的に争った結果ダレイオスが王となった。

スキタイ遠征(ダレイオス):北方のスキタイを討伐するためにダレイオス率いるペルシア軍はヘレスポントスを越えて北へ進軍するが、その作戦は難航する。どうにもペルシア軍は兵站の概念に乏しい様である。この時には下記のヒスティアイオスやミルティアデスはペルシア側に付いている。

ヒスティアイオス:ミレトスの独裁者。ペルシアに協力していたが、その実力を恐れられペルシア王の側に軟禁される。その結果、裏切ってギリシア連合に協力する乱世の奸雄。松永久秀の様なイメージ。最終的には富に目が眩み裏切りに遭って殺される。

アリスタゴラス:ヒスティアイオスの従兄弟。ヒスティアイオスが軟禁されて以降、その代理としてミレトスを支配する。私心からペルシア軍を地域紛争に引き込むが彼自身の目的を達する事は叶わなかった。ヒスティアイオスの命を受け、アテナイに対ペルシアの抗戦を行うよう説得した。因みにスパルタの説得には失敗した。

クレオメネス:長く活躍するスパルタの王。賢王的側面と暴君的側面を持ち合わせる。最期には発狂して自らを剣で切り裂く。

マラトンの戦い(ダレイオス):ギリシア連合がダレイオス率いるペルシア軍を破った戦い。これによって暫くの間、ペルシア軍はギリシアに侵攻しなかった。この時にアテナイ軍を率いていたミルティアデスは先のダレイオスのスキタイ遠征の際にはペルシア軍にヒスティアイオス達と共に従っており、ヘレスポントスの橋を守っていた。それが、今度はダレイオスを打ち破るのだから、正に戦国時代風味である。

クセルクセス:ダレイオスの子、ペルシア王。ペルシア軍を率いてまたもギリシアへ侵攻する。

マルドニオスとアルタバノス:ペルシア軍の重鎮。マルドニオスは6重臣ゴブリュアスの子、ギリシア侵攻を強く支持する。後に敗軍の将となり戦死する。アルタバノスはダレイオスの弟。クセルクセスにギリシア侵攻を思い留まるよう諫言するが、その意見は通らず、諦めて従軍する。基本的に領土拡大に消極的な立場。

テルモピュライの戦い(レオニダス対クセルクセス):スパルタ王レオニダス率いる300人のスパルタ兵が、100万とも言われるペルシア軍と、兵力差を物ともせず互角に戦った激戦。レオニダスを含め300人はほぼ全滅したが、ギリシア侵攻中のペルシア軍の士気を著しく低下させた。ザック・スナイダーの『300』はこのエピソードを映画にしている。

アルテミシオンの海戦:上記テルモピュライの戦いと同時期に起きた海戦。海戦に不慣れなペルシア軍は兵力的には圧倒的に有利であるにも関わらず苦戦した。が、ギリシア連合も相当に消耗し、下記のサラミスまで後退した。

サラミスの海戦(クセルクセス):アルテミシオンでの苦戦は王が現場に居なかったためと考えたクセルクセスは自ら海軍を率いてサラミスの海戦に挑むが、これも敗戦に終わった。この結果、残存兵力は十分であるにも関わらずクセルクセスは戦意を喪失し、後をマルドニオスに任せペルシアに帰国する。

テミストクレス:上記両海戦でアテナイ海軍を率いた。権謀術策を用い、我が身の保全を図りつつも、ギリシア連合の海軍を纏めて海戦での勝利へと導いた。その策を弄し卑怯も厭わない処から、ヘロドトスはこの人物に余り良い印象を持っていない様だ。

プラタイアの戦い(マルドニオス):クセルクセス戦線離脱後もペルシア軍はギリシア征服の望みは捨てていなかったが、結局この戦いで大敗し、事実上の終戦となる。ギリシア侵攻を強硬に主張していたマルドニオスはこの戦いでの大敗のさなか戦死する。

ミュカレの戦い:プラタイアの戦いと同日に起きた戦闘。ミュカレはペロポネソス半島ではなく、小アジアの街であって、つまり、ギリシア連合は遂にイオニアをペルシアから解放する足場を築く事に成功した事になる。