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(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

『半七捕物帳』(一) 岡本綺堂

 江戸の名探偵、半七の活躍

 前にも書いたのだが、黒岩涙香が『無惨』を書きその評判が今一つだった後には日本の創作推理探偵小説というモノが中々出てこなかった。快楽亭ブラックが一応推理小説を書いてはいた様なのだが、それも数は多くはない様だし、どちらかと言えば、噺家の印象が強い。そんな創作推理探偵小説空白時代の中、現代では幻想小説的なモノや怪談的なモノ例えば『青蛙堂鬼談』で有名な岡本綺堂が、大正6年(1917年)から『半七捕物帳』を連載し始めた。

 『半七捕物帳』は純然たる推理探偵小説かと言われると、少し趣は異なるのではあるけれども、「捕物帳」と題されているだけの事はあって、それなりに岡っ引きの半七が探偵らしき活動をする。まあ、江戸のシャーロック・ホームズ的な一応の探偵物語と言っても良い短編群なのである。この『半七捕物帳』は頗る人気を博した様で相当な数の短編がこの世に生み出されており、その数、60話以上になる。光文社から全6巻刊行されており、今回はその第1巻を読んでみた。

 まず、その一話目「お文の魂」は、「私(岡本綺堂と同一人物と見て良いだろう)」が「Kのおじさん」から話を聞く形で始まる。この一話目の時点では、語り手は「Kのおじさん」であって、半七の活躍はこの「Kのおじさん」から綺堂が又聞きする形になっている。この回りくどい感じは、恐らく、最初はこの『半七捕物帳』がその話数をどんどんと重ねて行く事を想定していなかったのだろう、二話目からは綺堂が半七から直接その手柄話を聞く形に変更されている。何にしてもこの記念すべき第一話目で「Kのおじさん」は半七を以下の様に描写する。

 笑いながら店先へ腰を掛けたのは四十二三の痩せぎすの男で、縞の着物に縞の羽織を着て、だれの眼にも生地の堅気とみえる町人風であった。色のあさ黒い、鼻の高い、芸人か何ぞのように表情に富んだ眼をもっているのが、彼の細長い顔の著しい特徴であった。かれは神田の半七という岡っ引で、(後略)
-「お文の魂」(『半七捕物帳』)

 この半七がある武家屋敷に現れたお文という名の幽霊と思しき存在の裏を見事に探り当てるのである。幽霊の存在なんかは信じておらず、どこかに何かの繋がりが有ると睨んで足と勘を使っての捜査を行う所が、江戸時代の探偵として描かれていても、その実は明治の近代化の精神が科学的思考が込められている感がある。因みに、綺堂はこれより以前に『お住の霊』という怪談小話を書いており、この「お文の魂」はそれの「幽霊の正体見たり枯れ尾花」的解決でもある。

 半七は残念ながら余り推理は行わない。ここが現代に期待される推理探偵モノとは大きく異なる処ではあると思う。どちらかと言えば、地味な実地検分と鋭い勘に依る閃き、それに加えて、ちょっと狡いのだが、ハッタリと岡っ引きと言う立場を利用したゴリ押しでどんどんと江戸の難事件を解決していく。

 ハッタリで解決した事件の好例として、「勘平の死」がある。半七は酔っ払った振りをして、犯人候補達の前で既に犯人が分かっている事、そして、その罪への罰の酷薄さを長々と説明する事で、犯人を炙り出すのである。これは読んでいてちょっと犯人の気の弱さに飽きれてしまう処も有ったのであるが、大体に於いてこの『半七捕物帳』に登場する犯人達はどうにもそれ程図太くない。簡単にハッタリに騙されるし、簡単におどおどしてしまう。まあその辺りが、そこまで毒気が無くて一般に広く受け入れられたのかもしれない。この「勘平の死」は綺堂によって舞台化もされており、歌舞伎の演目として演じられたようだ。江戸川乱歩もこの舞台は拝見していたらしく、以下の様に評している。

この芝居は失敗ではないまでも、大成功とはいえないものである。(中略)半七が幕外の挨拶で「……立派な証拠を握っている訳でもないのですからまあ手探りながらあんなことを云って見たので」と弁解している通り、この芝居の探偵劇としての物足らなさは、「明快なる推理」といったものを欠いている点だ。併しそれがなくとも「意外」とか「凄味」とか或は「悪人の描写」とかいうものがあれば、充分探偵趣味を満足させ得るのだが、そういうものもない。少しく調子の変った世話物として終っているのが残念だ。
-「半七劇素人評」(『悪人志願』 江戸川乱歩)

ううむ、中々厳しい感想である。半七物は読み物としては面白いのだけれども、推理探偵モノとして読んだ場合には、乱歩が指摘した様な残念な処はしばしば見られるのは確かである。

 ただまあ、こんなハッタリばかりでも無く、時には左右の足の筋肉の付き具合の違いから*1武士だと推察したり、現場に残っている手形から犯人を想像したり、指の撥ダコで職業を当てたり、指紋を証拠に犯人を特定したり*2、まあ、それこそ現実的科学的推察なんかもキッチリとはやっているのである。この辺りが、綺堂のホームズ趣味を反映しているのだろうけれども、話の筋を大きく左右する程には利いていない所が確かに物足りないは物足りない。綺堂のホームズ趣味といえば、この第1巻に収められている「奥女中」というお話は明らかに『シャーロック・ホームズの冒険』中の「ぶな屋敷」からその着想を得た物であろう。半七物は多数お話があるので、他にもホームズから影響を受けたモノが無いか注意してみようと思う。

 ところで、ここで、この捕物帳の主人公である半七であるが生まれ年を少し推察してみたい。第二話目「石燈籠」にて半七は「忘れもしない天保丑年の十二月で、わたくしが十九の年の暮でした」と述べている。天保丑年は天保十二年で1841年になる。さて、ここで問題になってくるのが、半七は数えの年を述べているのか、現代で言う処の年齢を述べているのか、どちらであろうかと云う問題である。半七は江戸時代の生まれなのだから普通に考えれば数え年の年齢を述べている筈だが、他に証拠は無いかとお話を読んでみると、第一話目に於いて、聞き手である「私」の年齢が推察される記述がある。それに依ると「私」は十四の時に半七の逸話をKのおじさんから聞き、その十年後に日清戦争が終わったと記されており、日清戦争は1895年に終結しているので、1872年生まれの綺堂は数えで24才となる。つまり年齢は数えで記している事がこの計算からも明らかで、半七が天保十二年に十九と云うのは数えで十九と云う事で間違いない。この事実から、半七は1823年生まれであると断定して構わないだろう。と、長々と書いていたらwikiに既に1823年生まれであると書かれていた。まあ、推察は正解であったという事で。

 『半七捕物帳』は推理探偵小説と言ってはやや物足りないのだけれども、綺堂のお話は頗る巧みで、私の想像する江戸の情緒に溢れている。少しの探偵風味と時代劇風味を味わいながら気軽に楽しめる捕物帳の嚆矢として中々お奨めのシリーズだと思う。残りのお話もぼちぼち読んでいってみようという気にさせてくれる第1巻であった。因みに今回は光文社のkindle版で読んだのだが、解説も注釈も無くて結構落胆した。まあ出版社を支えるお布施として料金を支払ったと思っておこう。お金を払うのが嫌な人は青空文庫版で読む事が可能だが、一応、光文社版は責任を持って校正が行われていると言う意味で価値があるとは思う。

半七捕物帳(一) (光文社文庫)

半七捕物帳(一) (光文社文庫)

 

 

*1:大小が重いために、当時の武士は足の太さが左右で異なるものだったらしい。

*2:指紋検査が日本に於いて何時頃から一般化したのかは知らないが、イギリスでは20世紀初頭にはもう既に一般的になっていた様だ。綺堂は海外の推理探偵小説からこの知識を援用したのだろう。