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(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

『読書の方法』 吉本隆明

 小説読み方談義2

 ここの処、小説の読み方や読書の仕方みたいな事柄を扱った書物を割と読み始めている。こういう類の書物を読もうと思い立ったのは、『小説のストラテジー』の覚書を書いた時にも書いたのだけれども、小説をより良く味わいたいと最近頻りに感じ始めたからである。その切欠の一つが、下記のサラダ坊主氏のblogで

saladboze.hatenablog.comこの『死者の奢り』評を読んだ時には、ああ、自分もこの様に上手く読み解きたいものだなあ、と嘆息したのである。勿論、読み方に正解等は無いのだけれども、自分の心持ちにしっくり来る読み方と言うのは明らかに存在していて、上手い評を読んだ事で、自分のそれを巧く言語化したいと言う気持ちに拍車が掛かった。

 このタイミングで昭和の思想家として名高い吉本隆明の『読書の方法』という書籍を偶然見つけ、これは正に今自分が読みたいと思っている正にその書籍なのではないか?と思ったのである。まあ実の所、購入する直前にこれが一冊の纏まった内容の書籍では無くて、様々な対談や寄稿の寄せ集めであって、余り「読書の方法」とは関係は無いという事には気付いたのだが、まあ良いかと思って購入して読んでみた。

 纏まった内容の無い本書であるから、一番の売りは吉本隆明お薦めの書籍リストだと思う。吉本隆明は言ってる事は分かりにくいし、所謂昭和の思想家というイメージだったのだが、挙げている書籍は小説・哲学書いずれもオーソドックスな選択で、何と言うか安心感のあるリストである。となると、自分が丸で読んだ事のない書物に関しても興味が湧いてくる訳で、リストに載っていた日本の思想に関わる何冊か、特に折口信夫やら法然上人の言葉やらは近い内に手に取ってみようと思う。

 また、短いインタビューやら寄稿の中にも幾つか興味深い言葉があった。

本を読むということは、ひとがいうほど生活のたしになることもなければ、社会を判断することのたしになるものでもない。(中略)本を読んで実生活の役に立つことなどはないのである。
-なにに向かって読むのか

 この言葉は非常に良い言葉だと思う。私は読書は読書をする行為を楽しむと言う処に原点があるのだと思っていて、世で時々言われるような、役に立つとか自分を変えるとか云々かんぬんは余り好きではない。勿論、ある種類の本は非常に役に立つのだが、役に立つが先に来過ぎるのは矢張り好ましくないと思う。

 こんな事も言っている。確かにそうだと、首肯する。

優れた書物には、どんな分野のものであっても小さな世界がある。
-なにに向かって読むのか

 また、今から振り返ると相当変な事も述べている。例えば下記の引用は1992年のインタビューからの言葉である。92年と言えば既にバブル経済も崩壊して日本経済は斜陽の時期に入っており、今尚停滞し続けている訳であるが、当時の吉本は相当に楽天的である。

世論調査で”中流”と答えている八十数パーセントの人たちです。しかも、遅くともあと十年以内に、この中流意識を持った大衆が、間違いなく九十九パーセントになる。
-いま活字は衰退しているか

あいかわらず、日本のサラリーマンは世界最強の大衆なんです。(中略)日本の企業とサラリーマンは、世界最強なんです。このことをちゃんと認識しておかないと、判断を誤る。
-いま活字は衰退しているか

 こういう類の言葉が出るという事は吉本隆明は経済に疎かったのか、それとも、2000年頃の所謂就職氷河期が訪れるまでは、まだ何とかなるという空気が日本全体に有ったのだろうか*1? 勿論、吉本隆明は経済学者ではないし、戦後の急成長と共に暮らして来た人であるから、色々な処を読み違えてしまうのは仕方ないのかもしれない。それにしても、今見ると苦笑しか漏れて来ない。

 さて本書のメインコンテンツは最初に述べた推薦書籍リストだと思うのだが、それに次ぐコンテンツとして3つの対談がある。最後の荒俣宏との対談は女性や愛に関する対談でまあそんなもんかという感じで別段感心もしない替わりに落胆する事もないのだが、最初の2つが私に取っては非常に困惑させられる内容であった。

 まず、中沢新一との対談なのだが、これは対談の悪い部分が全面的に出ていて、話題を深める前にどんどんと話題が展開して行く。字面上は会話が成り立っているようにも見えるのだが、余りの転換の早さと中沢氏の論理のあやふやな点が重なって、実際の処議論は成立していなかったのではないか?と感じる。中沢氏の言う情報のスピードがなぜ宗教や戦争に繋がりさらに自己破壊の問題意識に繋がるのかがまるで分からない。私の読解力の問題かもしれないがとても理解できる代物ではなかった。中沢氏は更に速度と力などと言う良く分からない言葉を出して、フロイトやニーチェと関連付けるがこれも全く分からない。読み返してみても字面上の会話が成り立っているだけで会話になっていないという印象を再度感じた。

 次の対談は、「現代思想」の三浦雅士との、学問に於ける「日本と外国」・「日本とヨーロッパ」と云う問題に関するものである。こちらは吉本隆明の思想を三浦が引き出すという形を取っているので随分と読みやすいが、それでも、前提となる諸条件が提示されていないので現状の私では理解するのは困難だと感じた。もう少し、戦後近代化に関する議論、ヨーロッパ近代化に関する議論、そして吉本隆明自身の過去の著作を勉強すれば何かは得られるかもしれない。何にしても、この様なインタビューというのは字数の割に実りが少ない気がしてしまう。 

 結論から言うと、本書は吉本隆明がこの世に遺した全ての文章を読みたいと思っている人達が読む書籍であって、私の様な吉本隆明初心者が最初に読む書籍ではないと思った。勿論、2冊目3冊目位に読むのにも向いていないと感じる。私なんかはもう良い位の中年で余り情動的な振れ幅が無くなってしまっているので、それ程がっかりはしなかったが、普通の若い人がこれを吉本隆明の書物だと思って読むと落胆してしまうのではないかと要らぬ心配もしてしまう。まあ私自身はこれに懲りずに、ちゃんと吉本隆明を読んでみようとは思っている。

 本書はkindle版で読んだ。電子書籍なのに目次が使いにくくて電子書籍としてイマイチである。そしてそもそも内容がお薦め出来ないので紹介リンクは貼らない。

*1:私は就職氷河期時代の人間なのだが、景気感覚に関して疎いため、一般の空気感は良く分からない。只段々と世の中が不景気になって来ている事は明確に感じる。