(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

推理小説

『殺人鬼』 浜尾四郎

日本における本格推理長編の嚆矢 こないだ、東西ミステリーベスト100に選ばれていた高木彬光の『刺青殺人事件』を読んだ処、やっぱり中々楽しめたので、また東西ミステリーベスト100のうち日本の作家の手に依る古い推理小説を、という事で、1931年に新聞連載…

『刺青殺人事件』 高木彬光

妖艶な刺青の魔力 この覚書blogは元々は文藝春秋の東西ミステリーベスト100に選ばれた推理小説をどんどん読んでその感想を書き残しおこうと思って始めたのだけれど、そう言えば最近日本の推理小説でそのベスト100に入っているものを余り読んでいなかったなと…

『813』 モーリス・ルブラン 保篠龍緒 訳

怪盗ルパンが欧州を揺るがす謎に挑む 私が小学生の時分、ポプラ社から出ている少年探偵団シリーズと怪盗ルパンシリーズは非常にポピュラーな子供向け怪奇冒険譚シリーズとして皆愛読していた。私は当時はもっぱらルパンものを読んでいたのだけれど、いい年に…

“The Benson Murder Case” S. S. Van Dine (『ベンスン殺人事件』 S・S・ヴァン・ダイン)

心理的証拠と状況証拠:ファイロ・ヴァンス登場 江戸川乱歩の『悪人志願』中にヴァン・ダインの推理小説『カナリヤ殺人事件』と『グリーン家殺人事件』のネタバレが含まれていた御蔭でヴァン・ダインの推理小説Philo Vanceシリーズを読み始めたのだけれども…

『潤一郎犯罪小説集』 谷崎潤一郎

谷崎潤一郎が描く妖しい犯罪心理 谷崎潤一郎は江戸川乱歩が心酔していた通り、実に妖しげな香りの犯罪小説を色々と書いていた。谷崎が犯罪小説を書いていた頃、つまり大正の中頃は、谷崎のみならず、芥川龍之介や佐藤春夫も似たような味わいの小説を書いてい…

『D坂の殺人事件』・『心理試験』 江戸川乱歩

明智小五郎の登場と犯罪心理学のご愛敬 江戸川乱歩は本当に何にでも興味を持つ人で、まあ小説家に成るような奇特な人々は大体そうなのかもしれないが、当時流行っていたミュンスターベルヒによる心理学の書物なんぞも読み、その中の犯罪心理に関する部分から…

"The Lerouge Case" Emile Gaboriau (『ルルージュ事件』 エミール・ガボリオ)

古典ロマン長編の原点がここにある 江戸川乱歩の古典ベストテンを読み続けている。実はこの乱歩の古典ベストテンの中には、乱歩曰く「そこまで優れている訳では無いが他に候補が無い」という事で選ばれているものが3作あって、そんな風に書かれてしまうとそ…

『悪人志願』 江戸川乱歩

乱歩の多趣味が伺える初期随筆集 江戸川乱歩が日本で最も有名な推理探偵小説作家だと思うのだが、ある時期からは、推理探偵小説のを余り書かなくなって、どちらかと云うと推理探偵小説に纏わる随筆や評論の様なものを良く書くようになった。その本職である推…

『途上』 谷崎潤一郎 / 『赤い部屋』 江戸川乱歩

プロバビリティーの犯罪 谷崎潤一郎は何でも書く人であって、怪奇幻想がかったものや探偵小説の様なものも時々書いていた。日本の創作探偵小説と言うと、何度も何度も書いているけれども、黒岩涙香の『無惨』が明治の半ばにポンと出た後は細々と何とか続いて…

“The Greene Murder Case” S. S. Van Dine (『グリーン家殺人事件』 S・S・ヴァン・ダイン)

陰鬱な館に潜む悪意 相変わらず、江戸川乱歩の『悪人志願』を読んでいる、のだが、ネタバレのせいでヴァン・ダインに関する随筆が中々読めなかった。それが理由でまず“The ‘Canary’ Murder Case”を前回読み終えたのだが、実は、同じ随筆の中で“The Greene Mu…

“The ‘Canary’ Murder Case” S. S. Van Dine (『カナリヤ殺人事件』 S・S・ヴァン・ダイン)

誰もがみんな嘘吐き野郎 最近、江戸川乱歩の『悪人志願』を読んでいる。江戸川乱歩の随筆集というものは非常に面白くて、失礼ながら、氏のイマイチぱっとしない作よりも随分面白い。自作解説から様々な推理探偵小説界の雑感、日本の推理探偵小説同人の逸話、…

『半七捕物帳』(一) 岡本綺堂

江戸の名探偵、半七の活躍 前にも書いたのだが、黒岩涙香が『無惨』を書きその評判が今一つだった後には日本の創作推理探偵小説というモノが中々出てこなかった。快楽亭ブラックが一応推理小説を書いてはいた様なのだが、それも数は多くはない様だし、どちら…

“The Big Bow Mystery” Israel Zangwill (『ビッグ・ボウの殺人』 イズレイル・ザングウィル)

本格密室殺人の嚆矢 相変わらず、江戸川乱歩の古典ベストテンを読み続けていて、これで丁度5作目を読み終わった。今回読んだのは1891年に発表されたザングウィルの“The Big Bow Mystery”*1、この小説は推理探偵小説史に燦然と輝く密室殺人トリックを提示し…

“The Eye of Osiris” R. Austin Freeman (『オシリスの眼』 オースティン・フリーマン)

謎の失踪事件にソーンダイク博士が科学的推理で挑む ここの処、江戸川乱歩の古典ベストテンを読むのにハマっていて順番に読んでいっている。そもそも、推理探偵小説は往々にして先人の推理トリックを巧く作り直して、新たなトリックを構築する事があるので、…

『幽霊塔』 黒岩涙香 / 江戸川乱歩

涙香が描き、乱歩が愛した怪美人と幽霊塔 一時期、江戸川乱歩は小酒井不木や甲賀三郎と共に涙香的な筋や描写を持った娯楽探偵小説への復古を称揚していた。そして、その黒岩涙香への敬愛の念の現れか、涙香小史の翻案輸入物の内、推理探偵風味の強い『白髪鬼…

『日本ミステリー小説史 黒岩涙香から松本清張へ』 堀啓子

お手軽な日本推理小説小史 どんなものでも、その歴史を調べるのは面白い。そして当然小説群にもその歴史的経緯が存在する。例えば、ポーの『モルグ街の殺人』、この小説が現代の推理小説界にポンと跳び出てきたとして、必読の書と看做されるようになるかとい…

“The Leavenworth Case” Anna Katharine Green (『リーヴェンワース事件(隠居殺し)』 アンナ・K・グリーン )

東西ミステリーベスト100と並行して江戸川乱歩の選んだ古典ベストテンを最近読んでいる。そのリストの中に挙げられている小説の内、ドイルの『バスカヴィル家の犬』以外の他の小説は今となっては知名度的にそれ程有名では無くなってしまっている物が多い…

“The Moonstone” Wilkie Collins (『月長石』 ウィルキー・コリンズ)

コリンズの古典的傑作-呪われたダイヤ「月長石」を巡る超長編 推理探偵小説というものは、個人的な印象ではあるが、SF小説と並んでベスト何々みたいなリストが作られ易い分野であると思う。江戸川乱歩が作成したベストテンのリストも何種類か存在していて『…

『アクロイド殺し』 アガサ・クリスティー

情報化社会の恐怖 私がアガサ・クリスティーを良く読んでいたのは随分昔の話であって、当時はポワロものは何冊かは読んでいたような気がするし、勿論、この『アクロイド殺し』も読んだのを覚えている。微かな記憶を辿ってみる処、当時はこの小説にあまり感心…

『二銭銅貨』・『一枚の切符』 江戸川乱歩

江戸川乱歩会心のデビュー作 江戸川乱歩は大学を出た後、一つの職に長く落ち着く事も無くふらふらと色々な事を試しながら「何か面白い事でもないかしらん」と暮らしていたらしい。そして大正11年頃、妻子持ちであるにも拘らず、どうも現代で言えばニート扱い…

『バスカヴィル家の犬』 アーサー・コナン・ドイル / “Sherlock Holmes Was Wrong: Reopening the Case of The Hound of the Baskervilles” Pierre Bayard

著者の意図を離れて-怪奇探偵小説と秘められた物語 コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』を久方ぶりに再読してみた。最後に読んだのはかれこれ20年以上前になると思うが、ルブランのルパン物と共に私の怪奇冒険探偵小説体験の原点と言える小説である。今…

『魔都』 久生十蘭

魔都東京に妖しい奴等が跋扈する 久生十蘭は綺麗で幻想的な小さな物語を、煌びやかな言葉を散りばめ紡ぎだす屈指の短編小説家という印象が私にはあったのだが、このような『魔都』という長編の小説、しかも探偵小説に分類されるような長編を書いていた事は知…

『無惨』 黒岩涙香

本邦初の創作探偵小説ー黒岩涙香の挑戦 推理探偵小説というものはかなり特殊なジャンルの小説であるという事は誰しもが認める処であると思う。となると、さて、その探偵小説なるジャンルを確立した嚆矢はどの小説になるのか、という疑問が湧いてくる、勿論、…

『屋根裏の散歩者』 江戸川乱歩

江戸川乱歩の異世界散歩 日本にも色々な推理探偵小説作家が存在するが、やはり江戸川乱歩と横溝正史が私の好む所である。おそらく世間一般でも乱歩が群を抜いて愛されているのではないだろうか。私が思うに、乱歩の作品はどこか異世界への扉を開く感があるの…

『ロートレック荘事件』 筒井康隆

筒井康隆が放った本格推理小説 もしこれからこの『ロートレック荘事件』読まれる方があれば、こう助言したい、「第15章までを読み終えても確信をもって犯人を推理出来なければ、もう一度最初から丁寧に読み直すべきである。この推理探偵小説は十分にヒントを…

『斜め屋敷の犯罪』 島田荘司

奇妙な館には何かがある ここ最近に読んだ今一つピンと来なかった推理探偵小説に関しても少し覚書を残しておこうと思う。 『斜め屋敷の犯罪』島田荘司、御手洗潔シリーズの2作目である。 いわゆる天才型の探偵が登場するトリック至上主義的な探偵小説である…

『幻影城』 江戸川乱歩

『幻影城』は江戸川乱歩による探偵小説解説随筆集である。主には海外の推理探偵小説に関する雑感が記されている。終戦直後の当時はまだ洋書を手に入れるのは簡単ではなかったであろうし、当然、洋書なれば外国語で読まなければならない。訳本も存在したであ…

『黒いトランク』 鮎川哲也 2

『黒いトランク』覚書の続き。 推理小説として佳作な本作だが、推理探偵とは関係のない話であるが、ひたすらに旅情をそそる。私は若い頃は2時間サスペンスなんぞは何が面白いのかさっぱり分からなかったが、年を経るに従ってあの変わり映えのない安定した雰…

『黒いトランク』 鮎川哲也 1

鮎川哲也という作家に関しては、実際のところこの年になるまで全く知らなかった。もし、たまたま推理探偵小説を網羅的に読もうと思い立たず、東西ミステリーベスト100などというリストを目にすることがなければ、今でもその名を知ることはなかっただろう…