(推理小説・探偵小説)覚書

読後の覚書(主に推理探偵小説)

一般書籍

『文学部唯野教授』 筒井康隆

駄弁の効能(小説読み方談義4) イーグルトンの『文学とは何か』を訳したのは大橋洋一であるが、その大橋洋一の編集による『現代批評理論のすべて』という現代の批評理論を通覧するために便利な書籍がある。この書籍自体が膨大な文献紹介書みたいなモノなの…

『ロビンソン・クルーソー』 デフォー 平井正穂 訳 

労働と信仰と西洋社会の拡大と 池澤夏樹の『夏の朝の成層圏』を読んでいる時に、当然、ロビンソン・クルーソーを思い出した。子供の頃に福音館書店から刊行されている古典童話シリーズで読んだのは覚えているのだが、細かい所は当然の様に忘れてしまっている…

『LGBTを読み解く-クィア・スタディーズ入門』 森山至貴

クィア・スタディーズの「今」を知る 最近、フェミニズムを解説する書籍やセクシャルマイノリティの理論に関する言説を読んでいる。その理由は、これらの理論はマイノリティが如何にしてマジョリティと渡り合うか、そして、如何にして多様性と自由を尊重しな…

『イソップ寓話集』 イソップ 中務哲郎 訳

最古の寓話集が示す節理 最近、ギリシア物にハマっている、と云うか、古い古いお話に嵌まっていて、ギリシア物と古事記関連の書物を読むのに多くの時間を費やしている。古い書物の良い処は、やはり、それ以上遡るのが難しい物語の源泉の様な何かを味わえる処…

『ギリシア・ローマ神話』 ブルフィンチ 大久保博 訳

ギリシア・ローマの神々の物語を詩と共に味わう 最近、ヘロドトスの『歴史』や『古事記』を読んでいると、この手の伝説の域に入っている様なお話がもっと読みたくなってきた。この類の物語の中ではホメロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』が最も古い部…

古事記に纏わる副読本(kindle版) その2

古代神話を比較神話学的または民俗学的方法で読み解く本 前回は古事記の物語をまず最初に簡単に掴む為にお奨めの書籍の覚書を書いたが、今回は古事記に登場する日本の古代の神々とその神話の由来について一般向けに解説された書籍に関して覚書を残しておこう…

『見るまえに跳べ』 大江健三郎

今迄もそしてこれからも跳ばない、跳べない ここの処、大江健三郎を少しずつ読み返しているのだけれども、大江健三郎は読めば読む程、癖のある面白い小説群を残している。この歳になって読むと不思議な事に一層面白く感じる。段々と自分の感覚が大江健三郎に…

古事記に纏わる副読本(kindle版) その1

古事記の物語を大まかに掴む為の本 最近、池澤夏樹・現代語訳の『古事記』を読むに当たって何冊かの古事記関連の書籍を読んだ。いずれも中々面白い処のある本だったので、覚書をしておく。 まず、ここで紹介する古事記関連書籍は全てkindle版のものである。…

『古事記』 池澤夏樹 訳

電子書籍時代の現代語訳古事記 池澤夏樹=個人編集の日本文学全集が2014年から刊行され始めた。実は池澤氏の世界文学全集の方は以前にえいやっと自分への褒美の積りで全巻セットを購入したのであるが、個人的事情により手元にはなく、遠く離れた処で私を待っ…

『夏の朝の成層圏』 池澤夏樹

近代社会からの漂流 最近、池澤夏樹の現代語訳『古事記』を読んでいる。前々から池澤夏樹=個人編集の日本文学全集を読みたいと思っていたのであるが、遂に電子書籍化が始まったのである。『古事記』の前書きの、池澤夏樹の語り口は優しく、柔らかく、文学へ…

“Through the Language Glass: Why the World Looks Different in Other Languages” Guy Deutscher (『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』 ガイ・ドイッチャー)

言語を通して、我々は世界を見ている 最近、英語の語彙を増やすためと長文を読む体力を付けるために英語の書籍を読むようにしている。推理探偵小説は興味が先行するので英文でも非常に読み易くて既に何冊か読む事に成功したが、ここで友人に薦められた色の認…

『歴史』 ヘロドトス 松平千秋 訳

独裁制と民主制の戦い:ペルシア戦争を巡る一大歴史叙述 歴史に関する書物は中々面白いものが沢山ある。私は子供の頃から歴史関係の小説はかなり好きであった。『三国志演義』に始まり、『水滸伝』(歴史物では無いか)、陳舜臣の『十八史略』、山岡壮八の『…

『怪談 牡丹燈籠』 三遊亭圓朝

幽霊と仇討ちと色と欲 三遊亭圓朝のお噺の口述速記本が言文一致の開祖であるというのは割かし良く知られた話である様だ。その中でも『怪談 牡丹燈籠』(1884年:明治17年)の口述本が言文一致に与えた影響はかなり大きい様で、二葉亭四迷が文章の書き方に関…

『死者の書』 折口信夫

繰り返し繰り返し日は昇り沈みゆく、その果てに 哲学的な思想と云うと、現代の日本では大抵の場合西洋の思想家が紹介されており、人口に膾炙するものも大抵は西洋の思想家である。一方で当然東洋にも東洋の思想が存在する。先日読んだ吉本隆明の『読書の方法…

『批評理論入門 「フランケンシュタイン」解剖講義』 廣野由美子

小説読み方談義4 ここの処、小説を読むのと並行して、文学理論に関係する様な書籍を選んで読んでいる。少し前に読んだイーグルトンの『文学とは何か』は個人的には近年稀に体験した衝撃であって、この領域の書物・理論に関する興味が増々膨れ上がって行く日…

『舞姫』 森鴎外

近代的自我なる聖杯を求めて 先だって二葉亭四迷の『浮雲』を読み、日本文学の黎明期の苦心と工夫とその発展とを目の当たりにした訳であるが、最近読んでいる渡辺直巳の『日本小説技術史』に於いて、『浮雲』の次に森鴎外の『舞姫』が紹介されていた。当然『…

『浮雲』 二葉亭四迷

二葉亭四迷による日本文学表現への挑戦 少し前に『真景累ヶ淵』を読んだ処、どうやら『怪談 牡丹燈籠』の方の様であるが、三遊亭圓朝のお噺の口述筆記本が二葉亭四迷の言文一致活動に影響を与えた事を知り、先行する文学を巧く参考にして書かれている小説も…

『文学とはなにか-現代批評理論への招待』 テリー・イーグルトン 大橋洋一 訳

小説読み方談義3 今までに読んだ書物の内容をほぼ総て忘れてしまっている事の虚しさから読後の覚書を書き残し始めたのではあるが、文章を書けば書く程、自らの読みの浅さを思い知り、これではいかん、何とか改善したいと思い、更には他の人の素晴らしい批評…

『読書の方法』 吉本隆明

小説読み方談義2 ここの処、小説の読み方や読書の仕方みたいな事柄を扱った書物を割と読み始めている。こういう類の書物を読もうと思い立ったのは、『小説のストラテジー』の覚書を書いた時にも書いたのだけれども、小説をより良く味わいたいと最近頻りに感…

『芽むしり仔撃ち』 大江健三郎

この分断と衝突の時代に大江健三郎を改めて読む 『芽むしり仔撃ち』は1958年に発表された中編である。私はこの小説を10年少しくらい前に確かに読んだはずなのだが、再読中その記憶が蘇ることは殆どなかった。物忘れが激しいというのは何度も同じ小説を楽しめ…

『酒と戦後派 人物随想集』 埴谷雄高

埴谷雄高が見てきた人々 15年程前に埴谷雄高の『死霊』が講談社文芸文庫から3分冊の文庫本で登場し、これは良い機会だから是非とも読まねばならん、と、私のみではなく、周りの読書好きは皆購入した。勿論、文庫本でなければちょっと高価ではあったが簡単に…

『真景累ヶ淵』 三遊亭圓朝

神経と怨念と因縁と 怪奇探偵小説には怨念や妄念は付き物である。そもそも犯人が淡白であったり理知的すぎるとそこで描かれる事件に怪奇風味が出てこない。やはり、犯人の側に何か狂気であったり、強い怨念や妄念の様なものが存在するので事件が怪奇がかって…

『青春の蹉跌』 石川達三

秀才青年の躓きと破滅 文学好きなれば大抵の人は一度は芥川賞に興味を持った事はあるだろう。ではその芥川賞の第一回目の受賞者は誰かと言う事になると、案外知られていないような個人的感覚がある。第一回目の受賞者は石川達三であり、作品は『蒼氓』である…

『小説のストラテジー』 佐藤亜紀

小説読み方談義1 文芸作品を読む事それ自体は当然上質な娯楽であるが、只読むだけではなく、その内部構造を解き明かそうと努力する事もまた別種の娯楽である。私の場合は、今までは只々文章を読み、その空気を味わうだけで満足しており、そしてその内に内容…

『死者の奢り・飼育』 大江健三郎

大江健三郎の描く見えない壁 ふと大江健三郎を読み返している。私が読書を始めたころには大江健三郎はすでに大家であり、まもなくノーベル賞を受賞したことを覚えている。当時私は、大江健三郎の小説を読んだことはなくリベラル作家という柔らかい印象を持っ…

『糞尿譚』 火野葦平

鮎川哲也の『黒いトランク』は推理小説として佳作なだけではなく、新たな読書の扉も開いてくれる良作であった。その中で紹介されていた二人の作家、火野葦平の『糞尿譚』と石川達三の『青春の蹉跌』を読んでみた。この両者は芥川賞作家であり、当然、文壇で…

『長いお別れ/ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー

翻訳ものはとりあえずやめておくと書いたけれども、最近、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ/ロング・グッドバイ』を読んだので、覚書。『長いお別れ/ロング・グッドバイ』としたのは、つまるところ、清水俊二氏の訳と村上春樹氏の訳と両方を読んだ…